「被害届を提出された!」刑事事件にどう影響するのか?
刑事事件には、被害届が提出されたことをきっかけに捜査が開始されるものと、捜査機関が独自に捜査を開始するものがあります。
被害届が提出された場合、加害者としては、逮捕やその後の訴追を避けたい気持ちがあるため、被害届の取り下げをお願いしたいと考えるものでしょう。
実際のところ、交渉次第では被害届を取り下げてもらうことは可能です。
今回は、被害届の概要、効果、取り下げてもらう方法を解説します。
このコラムの目次
1.被害届の役割
まずは、被害届の基本を学んでおきましょう。
(1) 被害届の意味
皆さんは、被害届にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
「被害届を出される=逮捕」と考えてしまう方もいるかも知れません。しかし、実際は被害届の提出後にすぐ逮捕という訳ではなく、内容によっては捜査が開始されることすらありません。
それでは、被害届とはどのようなもので、これにはどのような役目があるのでしょうか。
被害届とは、犯罪被害に遭ったことを書面または口頭で捜査機関に申告することです(犯罪捜査規範第61条)。
警察は、被害届によって犯罪の存在を知り、捜査を開始する端緒(きっかけ)となるのです(刑事訴訟法189条2項)。
犯罪被害の届出は、口頭で行うこともできます。その場合、届出を受けた警察官は、書式の定められた被害届への記入を被害者に求めます(警察官が代筆することも可能です)。
被害届には、次のような内容が記載されます(犯罪捜査規範別記様式第6号)。
- 被害者の住居、職業、氏名、年齢
- 被害の年月日と時間
- 被害の場所
- 被害の模様
- 被害金品の品名、数量、時価、特徴、所有者
- 犯人の住居、氏名または通称、人相、着衣、特徴等
- 遺留品その他参考となるべき事項
被害届が出されても必ず捜査・立件しなくてはならない義務が警察にあるわけではありません。実際に捜査を開始するかどうかは、事件ごとに、被害状況や重大性等を考慮して警察が判断することです。
被害届は、あくまできっかけに過ぎないのです。
被害届は、被害に遭った被害者本人以外の者がおこなうことも可能です。その場合、被害届には、被害者と届出人の関係、被害者でない届出人が届け出た理由を記載することが求められます。
また、一度提出しても、届出人が取り下げることも可能です。
告訴との違い
被害届とよく比較されるのが「告訴」です。告訴とは、口頭あるいは書面(告訴状)で犯罪被害の事実を申告し、処罰を求める意思表示です。
被害者側から提出される被害の報告という側面では被害届と告訴は同じです。しかし、捜査のきっかけに過ぎない被害届と異なり、告訴には一定の法的な効果があります。
まず、犯罪の中には、告訴がないと検察官が起訴できない、つまり被疑者を刑事裁判にかけることのできない犯罪があります。これを「親告罪」と呼びます(例えば、過失傷害罪や名誉毀損罪、器物損壊罪などです)。
告訴がないのに親告罪で起訴してしまったり、法的に無効な告訴に基づいて起訴がなされたりした場合には、裁判所が公訴棄却の判決によって、検察官の公訴を斥けることになります(刑事訴訟法338条4号)。
警察官が告訴を受けた事件は、速やかに関係書類と証拠物を検察官に送付しなければなりません(刑事訴訟法242条)。
また、告訴された事件については、検察官は、起訴・不起訴の処分結果を速やかに告訴した者に通知しなければならず、もしも告訴した者から請求があれば、処分の理由も告げなくてはなりません(刑事訴訟法260条、261条)。
このように告訴には重大な法的意味があるので、告訴権者、告訴期間、告訴取下げ期間、告訴の効力が及ぶ範囲など、有効な告訴となる条件が細かく法定されています。
たんなる捜査のきっかけに過ぎない被害届には、このような詳細な法の定めはありません。
(3) 被害届の提出期間
「被害届には提出期限があるのでは?」と考える方もいるでしょう。
しかし、実は被害届に提出できる期間はありません。被害者がいつでも自分の意思で被害届を捜査機関に提出することができます。
加害者としては、現段階で被害届が提出されていなかったとしても、被害者の意思次第で警察に報告されてしまう可能性に常にさられていることになります。
もっとも、被害届に提出期間が設定されていないだけで、いつでも起訴できるという訳ではありません。刑事事件には公訴時効(刑訴法250条)があり、犯罪終了後に一定の時間がすぎると起訴できなくなってしまいます(同337条4号)。
犯罪によって時効期間は異なり、罪が重い犯罪ほど時効までの期間は長くなります。
例えば、窃盗罪の場合は7年が公訴時効です。傷害罪の場合は、犯罪行為から10年で時効となります。強盗事件の場合も、10年となっています。殺人罪に関しては時効がありません。
このように、被害届の提出に期間制限はありませんが、公訴時効は存在します。今、犯罪が発覚していなくとも、時効期間が過ぎるまでは、被害届を出されて、捜査が始まる可能性があるのです。
2.被害届提出後の手続き
被害届が出されると、先に説明した通り、警察が内容をみて捜査するかどうかを判断します。
捜査が開始された後は、被疑者が犯罪を犯した嫌疑があり、身柄を拘束して捜査をする必要があれば逮捕されますし、軽微な犯罪で、被疑者も素直に事実を認めて反省しているなどの事情があれば、逮捕されず、在宅のまま捜査が進展する場合もあります。
逮捕されれば、通常は、さらに勾留され、逮捕から最大23日以内に起訴・不起訴の処分が決まります。
起訴されれば、裁判を受けることになり、有罪判決を受ければ、たとえ罰金刑であっても、前科として記録されます。
3.被害届取り下げによる効果
では、被害届取り下げにはどのような効果があるのでしょうか。
被害届の取り下げがあれば、捜査機関が捜査の必要性がなくなったと判断し、捜査は終了し、逮捕されることはなくなる可能性もあります。
もっとも、これは確実ではありません。理由は、すでに説明した通り、被害届は捜査のきっかけに過ぎず、捜査をするか否かは、捜査機関が判断することだからです。
つまり、被害届を取り下げてもらったとしても、捜査機関に犯罪捜査をやめる義務が発生するわけではなく、捜査を続けるか否かは捜査機関次第となります。仮に被害者が「もう捜査はしなくて大丈夫です」と報告したとしても、これも一意見として考慮してもらえるのみなのです。
もっとも、軽微事件であれば、当事者同士で問題を解決した以上、公権力を発動するまでもないと判断し、捜査が終了する可能性が高いでしょう。しかし、殺人や強盗などの重要犯罪である場合は、当事者だけの問題ではなく、公共の安全のためにも犯人を逮捕し、起訴する必要があります。
4.被害届の取り下げに有効な示談
被害届は、示談書の内容に記載することで、取り下げてもらうことも可能となります。
最後に、刑事事件で逮捕・起訴が行われないように、示談で解決する(被害届を取り下げてもらう)方法を説明します。
(1) 示談で被害届取り下げができる理由
被害届を取り下げてもらうためには、示談交渉を行うのが一番です。
被害届の取り下げを示談の条件とすることで、示談を成立させると被害届を取り下げてもらえます。
先に説明した通り、被害届の取り下げは、逮捕等の可能性を減少させる効果はあっても、可能性が必ずなくなるという効果はありません。しかし、被害届が出ている事件では、示談書には「示談金が支払われたときは、被害者は被害届を取り下げ、加害者の処罰を望まない。」という趣旨の文章を記載することが一般です。
そのため、捜査機関としても、示談が成立した軽微事件は捜査を終了し、穏便に終わらせようと考える可能性が高くなります。
仮に捜査が続行されるとしても、示談があれば被疑者に有利な事情として考慮される可能性が高いといえます。また、仮に起訴が行われても、情状が良くなり、罰金刑や執行猶予判決となる可能性も十分にあります。
(2) 示談交渉は自分でできるのか?
弁護士費用を心配して、示談交渉を自分自身で行いたいと考える方もいるでしょう。しかし、実際には刑事事件において、自分自身で交渉を行うのは厳しいと言えます。
仮に自分で交渉を行っても、相手に拒絶されてしまうケースもありえます。なんとかしようとして強引になると、逆に「被害届を取り下げるように脅迫された」と言われてしまうかも知れません。
この点、弁護士であれば、刑事事件の専門家としての立場から交渉することができるため、被害者も聞き入れてくれるケースがあります。示談を拒絶している場合でも、粘り強く交渉を続ければ、納得していただける可能性は十分にあるのです。
仮に交渉が決裂し、示談が成立しなかったとしても、弁護士なら他の方法により不起訴になるような働きかけや、量刑が少しでも軽くなるように弁護活動を行うことができます。
そのため、被害届が提出された場合には、できるだけ早い段階で刑事事件の実績が豊富な法律事務所に相談してみるのがよいでしょう。
5.被害届が提出されたら弁護士に相談を
窃盗、詐欺、横領、暴行、傷害事件等の被害を受けたとして、被害者が被害届を提出したことがわかったら、できるだけ早く弁護士に相談しましょう。事件の内容によっては、そのまま逮捕されてしまう可能性もあります。
逮捕後は最大3日程度で勾留すべきかどうかの判断が下されますが、早期釈放を望む場合は勾留請求前に弁護活動を開始することが大切です。
また、まだ犯行が捜査機関に認知されていない場合には、加害者は不安定な状態に置かれています。「被害者に謝罪したいけれど、逮捕が怖い」というケースもあるでしょう。
そのようなときこそ、弁護士にご相談ください。できるだけ早く示談を行い、将来への生活への影響を最小限におさえます。
起訴されると執行猶予判決でも罰金刑でも前科がつきますが、不起訴なら前科もつかず影響も最小限で済みます。
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